Tue
13
Jul
2010
作品の写真載せようかと思ったけど、まだ途中なのでやめることしましたw
鼻の調子が優れないと集中力も落ちます。
同時進行で何作か製作してますが、
『カオスな静寂』はその中の一つのタイトルです。
タイトル決めが苦手です(笑)
製作するときちょっと考え過ぎていたかな〜と、ふと思いました。
それでワーっとやりはじめたのが『カオスな静寂』です。
絵を描くとき、
色んなエピソードやら感情やらが詰まってることがありますが、
それの表面的な部分を取り除いて行って
そのエピソードは見た人は分からないくらいの絵を描くようにしてます。
矛盾するようですが、そのとき感じた色やかたち、見えてたものそういうものを再構築して
自分が感じたものが『リアル』に画面に広がっていって、自分がその画面上で追体験してしまうようなそんな絵を目指してます。
先日、海外に住む音楽をやっている友人に絵を見せたら面白い感想が返って来て、
「あ、そのときそんな感じだった!!鋭い!」って、
自分でも忘れていた感情を言葉でまた聞いて面白い体験でしたw
時差があっても、世代が違っても、一緒に過ごした時間が短くても
「通じる」って関係無いです。
むかしっから「年齢」「出会ってからの期間」は関係無いと思ってます。
だから世代が異なろうとも、出会ってからの期間が短かろうとも
そういうことを気にしていない方たちのことは年齢関係無く大好きです。
同世代で同じこと(たとえば絵をやってる人)でも通じない人は通じないし、
だから、努力しなくても通じ合える人は私の宝物です。
先日NHKでミスチルの桜井氏が作詞について
「恋愛に関するものが多いですが、実体験に基づいているのですか?」
という質問に
「昔の彼女と見た景色をリユースすることはありますね」
「作詞した数の方が自分の恋愛の数よりも上回ってるから全部自分の実体験をもとにしているというわけではないです」とも答えてました。
そりゃそうだ(笑)
製作するときにどんな風に考えながらやってるんだろうか?って自分を客観的に見ることを最近してるんですが、自分が見たもの感じたものを抽象化して、言葉やカタチを取り除いていって自分が感じた『感じ』を抽出していく作業をしているんだと気付きました。それを再構築してカタチになっていったら半抽象になっていったりとか、そんな感じで描いてきたな〜と。
ただの一本の線でも「人っぽい」とか「波っぽい」とかありますよね。
浪人中に麻生三郎氏のデッサンを知るまで、そういう感覚を忘れていたというか気付かなかったというか。とにかく、麻生氏のデッサンを見てから、自分が無意識に目指していたものは「これだ!」と思ってそういうものを大事に描いてます。
よく恋をすると景色がバラ色って言いますが
自分の感情と見ている景色の見え方って結構密接に関わってると思うのです。
抽象画って私にとっては、自分が体験したことや見た景色などを『リユース』して
再構築していく作業だな〜と桜井氏の話を聞いて思いました。
「自分のために曲をつくっている。その曲で共感しあえることがあるなら嬉しいが、自分の曲が人を救うとは思っていない」
ということも話していて、恐れ多いですが(笑)
「すっごいわかる!!!!」と共感してしまいました。
自分が楽しいことをして、それが楽しいことを呼び寄せて
例えば「死にたい」と思っている人が
そういう楽しそうなのを見て「人生捨てたもんじゃないかもな」って思って
自分が楽しめることを見つけてその人も楽しく生きられるようになったら
ステキだな〜と妄想したことがあります。
良い音楽や絵にはそういう力があると思うんですよね。
そういう力があるものが良い作品なのだと思います。
歌謡曲でも、ジャズでも、映画でも、「つまんない」「凹む」「ヘタクソ」と思う人がいても、人「癒される」「元気が出る」と感じる人もいます。
だから前者の人にとって良い作品でなくても、後者の人にとっては良い作品、、人が作るものって奥が深いです。
て、まだまだ自分には及ばない世界なので
まずは18日の展示が自分が納得したものになるよう楽しんで製作します♪