Sun
05
Sep
2010
人の行動の総評価?...よく分からないけど
人の最期ってその人の人生が全て凝縮されているのではないかと思います。
というか、幼い頃から母親に
「悪いことをしていると良い死に方をしない」
ということを聞いてきたからそう思うのかもしれません。
この考えが根本にあるから、「裏切られた」という記憶がありません(笑)
第三者から誰かが私を”ウラギル””リヨウスル””ミクダス”ということをしていたとしても
多少頭に来ても、最終的には相手をかわいそう人だな、
きっとこれから良い人生を送らないだろうな(死に方も)と哀れに思ってしまいます。
なぜそうなってしまったのか自分の中の原因(改善策)を見つけられたら
良い勉強させてもらった〜と思うようにしています。
私は「裏切る」や「利用する」「見下す」という言葉を好きではありません。
これらの言葉って一方が一方的に被害者のような気がしてしまうんですよね。。。
危害を相手に加えてしまう人は相手の気持ちが分からないかわいそうな人なんです。
裏切られた人は一方的にかわいそうなわけでも無いと思うのですよね。
そういう思いをして更に人の痛みが分かる人になるわけですから。
自分が近くに居て苦痛ならただ離れればいいだけです(笑)
ま、これって究極に人を突き放した考え方だと思うので
たまに(?笑)自分って冷たい人間だなぁと思います。
こんな感じなので
自分を大事にしてくれる人たち(行動だけじゃなく気持ちも)自分が心から大事な人たちへは
無情の愛情を注いでいきたいと思ってます。
自分も誰かを傷つけているかもしれないです。
生きていて誰も傷つけずに....なんていうのは不可能なので
自分のやりたいことに忠実に、その過程で誰かを傷つけてしまう事があるならば
それと同等に傷つく覚悟でやっていくしかないのです。
傷つけずに済むならそれに越したことは無いのですが。
な〜んて。どうなんでしょうね。
大事なことや人には常に誠実でありたいです。
このブログを書いていたら、なぜかハタチの頃描いた絵を思い出しました。
Works の中にある”human relations” です。
この絵はもう人手に渡りましたが、たまに思い出します。
当時手伝っていた劇団がありまして
自分とは合わない環境だなぁと(根本的に団体行動が苦手なので 笑)思っていて
そして親友達と沖縄旅行して
自分って辛いこともあるけど支えられて生きてるんだ〜
と当たり前なことを感じて
支えられている事実と大事な人は大事にしていこうという気持ちを絵にしたくて描きました。
結構、絵を描くときにかなりプライベートな出来事や感情があったりするんですが
それから色々抽出して描いて行くので
ま、そんな背景どうでもいいんですよね(笑)
気になったらご質問ください。
個人的に質問受けつけます。
答えられる範囲で答えます。
答えたくないときはオブラートに包んで答えます(笑)